1988中国シルクロード

酒泉から西安へ列車旅

酒泉の列車駅に夜9時に行った。列車が来るのは定刻で午前2時過ぎ。そんな遅くに動くわけにはいかないので、このような羽目に。
広い待合室は壁に沿ってぐるりとベンチが置いてある。そこにわしゃわしゃと人がいる。私も ...

1988中国シルクロード

柳園で下りると、敦煌へ行くバスは出たばかりだった。しばらく待つことになる。列車内で隣のスペースにいた中年の男性2人が、「あのバスに乗れたらいいな、聞いてみよう」と、団体旅行のバスに突撃していくのに付き合った。そのバスは、日本からの団体 ...

1988中国シルクロード

カシュガルからウルムチへは、国内線で飛んだ。もう一度バスで……、というのはどうにもしんどかった。たしかトルファン~カシュガルよりも、ウルムチ~カシュガルの方が余分に時間がかかったような気がする。もしかすると3泊4日とか。それはもう、ち ...

1988中国シルクロード

カシュガルでは毎週日曜日に市場が立つ。
朝早く、同室のオーストラリア人と一緒に宿を出て、ロバ車をつかまえて向かった。その日は市場に行くロバ車だらけで、もう既に地元の人々が乗っているので値段交渉も楽だ。あまり高い事を言うと、それ ...

1988中国シルクロード

カシュガルにバスが滑り込んだのは、3日目の夜遅く。
全身砂だらけで疲れ果て、最後に隣に座った初老の男性に誘われるまま同じロバ車に乗り、「いちばん安い宿」と連呼して町外れのチムニバ賓館に行ってもらった。この男性はどこに行くところ ...

1988中国シルクロード

トルファンからカシュガルへは、バスで2泊3日。当時はまだ、ウルムチ~カシュガル間の鉄道は存在していなかった。
この当時、中国には外貨兌換券と共に外国人料金というものがはびこっていた。外貨兌換券はとっくに廃止されたが、外国人料金 ...

1988中国シルクロード

トルファンのバザール。それほど人であふれているわけでもなく、どちらかと言うと閑散としていた印象が強いのだが、どうだろう。
ここで売っていたのは、ドライフルーツと固いパンと、あと何だろう。隅のほうでウイグル帽子などは売っていたか ...

1988中国シルクロード

蘭州

蘭州は当時、西安、ウルムチと並ぶ危険な街と言われていた。
私にとっての蘭州は、前の記事に書いた顛末によって苦い街であるが、とりたてて危険な街だとは思わなかった。ただ、嫌な街であったことは確かだ。
列車が蘭州駅に着い ...