1988中国シルクロードの旅(7)カシュガル3

2020年6月23日

カシュガルでは毎週日曜日に市場が立つ。
朝早く、同室のオーストラリア人と一緒に宿を出て、ロバ車をつかまえて向かった。その日は市場に行くロバ車だらけで、もう既に地元の人々が乗っているので値段交渉も楽だ。あまり高い事を言うと、それなりに気まずいこともあるのだろう。

到着した市場近くの路上。どっちが市場なのかもわからないが、何となく人の流れについていく。

かっこいいおじいさんが馬に乗っている。試し乗りをしているらしい。
人が取り囲んでいる中に幅5m位の通路が空けてあり、そこを次々と馬に乗った男たちが駆けてくる。駆けてきてガッと止まり、向きを変えてまた走っていく。非常にかっこいい。

その動物市場の隅っこには、たくさんのパン売りが並んでいた。
カシュガルにいた間は毎日食べていた、石の竈で焼いた固いパン。ウイグルの人々は丸くなって地べたに座って、どんぶりに入れたお湯(お茶?)と一緒に食べていた。

ヤギ売り場

すごい人混み。近郷近在から押し寄せてくるのだろうか。
それにしても、ダークカラーばかりでものすごく暗い印象だ。

シーツだの布だのを売っていた一角。さすがに明るい色もあるし、女性の姿も多い。ほっとする。
市場の入り口で別れたオーストラリアの女性2人は、シルクの布を買ってきていた。m2.5元……。安い。今の自分なら買占めかねない。

道端床屋

 

市場と市場をつなぐ橋を、パンの屋台が渡っていく。

 

この日いちばん印象に残ったおじいさん。
このロバを買ってくれと言う。
すごく丈夫ですごく荷物を運べてすごく扱いやすいと、身振りで言う。
もちろんロバなど買えるわけもなく、ごめんなさいと別れる。
ものすごく残念そうに、いつまでも私のことを見ていた。

あれからもう30年以上が過ぎた。今この画像をアップしながら思ったのだが、この頃はこの画像に写っている漢族は殆どいない。つまりこの頃、カシュガルはまだウイグル人を中心とする漢族以外の民族の土地であったのだ。
カシュガルにはその後鉄道が通り、この長い間にごくたまにテレビで町の映像を見ることもあったが、もはやまったく別の星の町かと思うほど、いや町ではなく街、大都会に変貌を遂げた様子を見るにつけ、チベットのラサのように漢族に牛耳られているのだろうなと寂しくなる。
漢族に間違えられて嫌な思いもしたけれど、この時期にこのエリアを旅できた幸運を、今はひたすらありがたかったと思う。