2018ストック・カンリ登頂記・1

2021年1月7日

実際の旅の進行とは順序が変わりますが、まだ記憶が新しいうちにこちらを書いておこうかと。
6153m(諸説あり)の北インド・ラダック地方の名峰ストック・カンリに、自身初の6000m峰としてチャレンジしてきました。
この山行の費用や装備などについては、最後にまとめようかと思います。
それでは初日からいきましょう。

 

ダライ・ラマさんを見送る

ラダックの中心地レーに入ったのが7/15。
それから人探し、ザンスカールトレッキングなどを経て、いよいよストックカンリに向けて出発したのは8月3日の朝だった。

「んー、明日の出発はー、9時半でどう?」
前日の最終打ち合わせの後で、代理店の社長がこう切り出してきた。
「え? ちょっと遅くない? 普通もっと早いよね?」
「大丈夫、明日の行程はたいしたことないから~」
「そう・・・、まぁ大丈夫だよね、オーケーです」

こんな感じでアバウトに決めた出発時間。車はまず宿に来て私たちを拾い、それから代理店へ向かう。ここで昨日顔合わせ済みのガイドのサントッシュ、ポーターさんと合流。社長の指示で持っていく装備の最終確認とパッキング。
私たちがここで借りるのは、12本爪ながら紐でぐるぐる縛り付けるタイプの軍用アイゼン。日本からわざわざ持参したセミワンタッチのアイゼンは「重すぎるし、冬山用の靴にしか付けることができない」という理由で却下。ちなみに冬山用の靴も却下されている。
アイゼンのほかピッケルもレンタル。そして社長は酸素ボンベを用意してくれていた。

「酸素ボンベを使う時は、まず自分が吸って助かること。自分が助かってから他の人を助けてください。いいですね!」

まさか酸素を持っていくとは思っていなかったが、これを聞いてちょっと緊張した。
今日のランチも社長が買ってきてくれて、装備も整い、出発。
スズキマルチという小さなワンボックスで、目指すはストック村だ。
出発してすぐ、助手席のガイドが振り向いて、

「今日はダライ・ラマがレーの街に来るんです。途中で出迎えたいんですけどいいですか?」
「もちろん。へー、法王がレーにね、それで兵隊がたくさん出ているんだ」

レーの街はいつもよりもたくさんの兵隊があちこちに立っていて、何かあったのかと思っていたところだったが、法王が。数日前にチョグラムサル(レーの郊外のチベット人居住区)で法要があったのは知っていたが、その流れでレーでも何かあるのかも。

車は広い道路をチョグラムサル方向へ走っている。ドライバーが車を脇道に入れ、駐車した。そして私たち5人は広い道へ取って返す。と、何やら左の遠くに車列が!
「来た来た、急いで急いで!」
私たちはダッシュで広い道を渡り、向こう側の少し高くなっている歩道に上り、運転手が用意していたカタ(白い絹のスカーフ、本来なら法王に捧げて贈り返されるのが最上だが、状況的に無理)を広げて横断幕のようにして皆で持ち、車列を出迎えた。

「2台目です!」
サントッシュが教えてくれた。車列はスピードを緩めもせず速めもせず、4~50キロくらいだろうか? 近づいてきた。
このあたりは人家もなく、私たちのほかに出迎える人もいない。
1台目が通り過ぎる。そして2台目の助手席に、確かにダライ・ラマさんが。他に誰もいないから、私たちの方を見てにこにこと笑い、いつものように合掌しながらその手をひらひらと、振っているではないか。私も思わず同じように合掌しつつ、しっかり右手を振ってしまった。

車列はあっという間に通り過ぎて行き、あとに残された我ら5人。
特に現地の3人は大興奮で、大喜びだ。
「ユー・アー・ラッキーマン! 今日からのエクスペディションも絶対にサクセスするね!」
とサントッシュに20回くらい言われた。「マン」じゃないけどな。

ダライ・ラマさんは御年80をとうに越えてはいるが、まだまだお元気そうで何よりだった。私個人にとっては、1993年にダラムサラでお会いし、その翌年にたしかホテル・オークラでのパーティーでお見かけして以来、24年ぶりに間近に見る法王さんである。もちろん年は取られたが・・・。

サントッシュが言うように、今回の山行は成功するような気もしたし、いやいや待て待て登頂率わずか3割の山なんだぞと思ったり。そんなこんなしながら、ストック村の出発点に到着した。

初めてストックカンリ峰を同定する


ストック村の出発地点。川の向こうにたくさんの馬がいた。これから荷物を積んで出発していくのだろう。


「ストックカンリが見えてますね!」
サントッシュに言われて見上げるその方角には、白い山が2つ。左の方かなと思って聞いてみると、違う違う、右の、ちょこっと頭だけ見えているあれですよと言う。

わかりにくいので拡大してみたが、これがストック・カンリなのだと。

「まさか~♪」(ツマ)
「嘘だろ?」(オット)
「あんなの登れるわけないじゃん!」(フタリ)

実際それは、エベレストにも等しい「登れるわけない」レベルで遥か彼方に聳えており、私はサントッシュが冗談を言っているのではないかと、その日ずっと疑っていた。
ストックカンリの画像はさんざん見ていたのに、いざ実際に見てみるとそれが登山の対象とはとても思えなかった。


高巻き道を行くサントッシュ。ラダックはこんなふうに美しい。道はこの川に沿ってずっと遡っていく。社長が言っていたように、たいしたことない道である。ザンスカールのトレッキングのほうがはるかに厳しいアップダウンの連続だった。
なのに・・・。
この日の私はどういうわけだかまったく歩けなかった。
足は鉛のように重く、背中のザックはせいぜい4~5キロだというのに、おんぶおばけと子泣きじじいとぬりかべがまとめて貼り付いているかのように重くて重くて泣きそうだった。ザンスカールではそれなりに快調に歩いていた。高度順応も問題ないはずだ。道は緩いアップダウンで、荷物も重くはない。なのになぜだろう。
サントッシュはこの日の私を見て、「こりゃ登頂は難しい」と思ったと思う。私自身が、これは無理なんじゃ、そもそもベースキャンプまでだって着くのかと思ったのだから。


お先に~、と馬が抜いていく。馬たちにはホースマンと呼ばれる馬方さんが複数ついていて、道を逸れる馬を連れ戻したり忙しい。
本日最大の難所、トントン・ラへの登りの途中で、来た道を振り返る。
広場にたくさん人がいるが、これは韓国からの大きなグループで、今日はここで泊まって高所順応しながら登頂を目指すのだそうだ。
このトントン・ラへの登りはけっこうきつかった。というかかなりきつかった。ひーひー言いながら登っていった。


美しいねぇ、ほんとうにラダックの風景は最高に美しかった。道が向こうに消えていっているように見えるが、サントッシュによるとそこは「ビューポイント」で「ぜんぜんたいしたことな」く、そして道はそこで終わっているのだそうな。


トントン・ラに着いた
たくさんのマニ石と祈りの旗タルチョーが美しいね。
タルチョーはチベット仏教圏でよく見かける。峠、橋、家の軒先、そういうところに渡して旅や家内安全を祈っているのだと思う。5つの色には「地・水・火」といった意味があり、たいていは馬の絵と経文が印刷されている。その馬はルンタ=風の馬という名を持ち、天を駆けて仏の教えを広く世界に知らしめる、と言い伝えられている。


トントン・ラから進む方向を見下ろす。ここからは下ってさらに谷を詰める。


下りきってまた川沿いを進む。トントン・ラまでもそうだが、渡渉は何度かある。石を伝って飛び越える。よいガイドならちゃんと手助けしてくれる。


美しいねぇ。

宿営地モンカルモ到着


テントが見えた、今日の宿営地モンカルモという場所に着いた。休憩含めて5時間半ほどかかったかと思う。標高4480m。十分に高いが、ザンスカールで経験済みのため高度障害はまったく出なかった。


モンカルモにはたくさんのテントが張られていた。その中の1つを借りる。中には寝袋も2つセットされていて、登山者は何も持ってこなくていいのである。
このテント、私たちは代理店で予約を入れていたので何の不安もなく使うことができたが、個人でふらりとここを訪れても借りられるのかどうかは不明。空いていればもちろん大丈夫だろうが、シーズンには大量の登山客が訪れるので満杯ということもありうるかと思う。その場合には大きなティーテントがあるので、その片隅などに寝かせてはくれるだろうと思うけれども。


テントで少し休んでから、夕方、高所順応のため近くの丘に登る。テント村からもストックカンリが見えていた。ここまで来てもあの山が登山の対象とはとても思えない。


影になってて見えづらいが、ブルーシープの群れがテントに遊びに来ていた。


テント村から100mほど高度をかせいだ。そこからのラダックの山容。色とりどりの山肌が美しい。ザンスカールに比べて、ラダックのこのあたりの風景は「たおやか」だと思う。


明日進んでいく方角。中央左に見えているスキー場みたいな山はゴレップ・カンリ5980。ストックカンリは右の端っこの方に見えている、と思う。


高所順応の散歩から戻ってきて、テント村から見る夕映え。中央はゴレップカンリ。ちょっと上がったり下りたりするだけで、風景は変わるものだ。


ティーテントの前にたたずむロバ。ちなみに食事はこのティーテントで、ここに住んでいるスタッフが作ってくれる。この夜はトゥクパ(うどん)だった。

散々な初日だった。サントッシュは暑かったせいだろうと言う。そうだといいのだが。
テントのフライが破れていて、メッシュの部分から風が吹き込み、この夜は寒かった。

2日目に続きます