国境の町ケンタオから少し内側のパクライへ移動する
移動は1時間半ほどらしく、パクライはメコンに面した町だ
今回初メコン、どんな町だろう
ケンタオのバス駅へ

なかなか綺麗な部屋だった
昨夜泊まった宿。きれいでよかったが、やはりタイよりは若干高めになる。
夜になって裏の民家(?)で大カラオケ大会が始まり、連泊する気はなくなった。毎晩やっているかどうかはわからない。

宿の夫婦は朝食中、コーヒーをご馳走になった

車で来るラオ人、タイ人を想定したのかモーテル風
まあ正直、よほどの物好きでなければ、バスでここに来て去って行く人はいないと思う。ルーイを朝出れば昼にはここに着いてしまうから、その日のうちにもっと先まで行ける。逆も然り、そもそも国際バスが走っているところなのだ。
宿を出発。10時発のバスに乗りたくて、9時前に出た

町はまだ人通りも少なく・・・、いつもか!

タラート経由でバス駅へ

茹でトウモロコシなどを売っていた

あまりにも無造作に売っていて驚いた

結構よい織り、タイ・ルーかと思う

駅入り口には果物屋さん

出発を待つバスが見えてきた

続々とソンテオが近場から客を乗せてくる

駅長さんから切符を買う・3万キップなり

これがパクライ行き、運転手さん、って、え、バスじゃないの?

座るところが板なんですけど!
実はミニバスはヴィエンチャン、ルアンプラバン、サイニャブリ、といった中長距離路線のみらしく、パクライのような近場はソンテオなのだった。ソンテオでも椅子が一応多少クッションが付いているものもあるが、これはむき出しの板だった。
板だねー、お尻痛くなりそうだね、とジェスチャーで言うと、
「中乗っていいよ」
と、キャブの後部座席(狭くて通常は乗りたくない)をあてがってくれた。

ミニバスに乗りたい・・・

他はみんなバスなのにね(しつこい)
それでもソンテオはほぼ定刻に出発。途中ほとんど浮気することなく真面目に走ってくれた。助手席のおっちゃんとの話に夢中になり、ニワトリを撥ねてしまったのには驚いたが。
道はほぼ全線舗装。ところどころ剥げてしまってダートになっている。穴もあちこちにあり、そのたびに減速。概ね安全運転でよかった。
メコンのほとりの町・パクライ到着
予定通り1時間半でパクライ到着。町に入る手前、南バス駅というところが終点。
バス駅が町から遠く、何かに乗らなければ町に入れず、それがとても高い。というラオスあるあるだ。

到着しました
北バス駅で次のバスの情報を得ようと思い、とりあえずそちらへ向かう。15000Kと高いが仕方がないようだ。

ケンタオからずっと一緒の夫婦

北バス駅に到着、サイニャブリ行が出発を待っていた

またソンテオなのか~、そーだよパオ~ン
南バス駅から北バス駅までは乗合ソンテオで1人15000K。バーツに換算すると50を超えるわけで、ぼったくられているのかと思えるが、地元の人も払っているのでそうではないらしい。どうもこのへんがよくわからない。

北バス駅からはヒッチで町へ。ヒッチとはいえタダではない、2万Kなり
助手席に乗り込み、グーグルマップを見ながら宿のありそうな場所に行ってもらった。
歩けばずいぶん遠かったので、助かった。
宿はネットで名前を見つけてメモっておいたアヌサンというゲストハウスへまず行ってみた。看板に大きく漢字で「招待所」と入っていておぉ、と思う。
しかしここは無人で、値段も訊けず後にする。
その隣にあった宿も無人。どーなっているのかこの町は。
この2軒がメコンに面しているが、川に張り出すようにレストランも併設されており、うるさいかも、と少々不安に。別に朝に晩にメコンを眺めたいわけでもなく、見たければすぐそこにあるので、ここはあえて道の反対側もよかろうと、また1軒あった宿に入ってみる。ここは看板に「招待所」なし。
またもや無人・・・。
と出ようとすると通りの向こうからおばさんが現れ、「泊まるの?」
部屋を見せてもらうとまあまあ。全部空いているらしくどれでも見放題で、そのうちの1つに決める。どれも空いているが掃除前でもあり、
「掃除するから向かいでご飯でも食べてきてよ、そこもあたしの店なのよ」
とおばさん。

雄大なメコンの流れ、と言いたいところだがあれ?

船もいるが水が少ないような、乾季はこんなものかな
フライドライスを注文。15000K、これまたバーツだと50を超える・・・。
どうもラオスの物価上昇は著しいようで、バーツと換算すると疲れることが判明。別の国なのだから仕方がない。メーソートなら30だよなーとか、考えても仕方がない。
夕方、市場を探して歩きに出る。市場は遠く、なぜかほとんど食品がない。どこかほかのところに生鮮市場があるのだろうがわからなかった。

家で遊んでいた子供たちが、はいポーズ

焼き物の店は数軒ある
あまり食事をするローカルの店がない。あるのは店先で魚や肉を焼いている店ばかり。
ラオスは外食文化が殆どなく、食べるのに苦労する国だとあらためて思う。ツーリストがたくさんいる町は別だが。

おばちゃんから焼いた鶏足とカオニャオを買った

だーーーーーれもいない、なーーーーーんにもない

子どもが道の向こうでポーズを取ってくれた

ボクもかっこいいぞ
町ではあちこちで「招待所」「賓館」「飯店」の文字を見る。中華料理屋も2軒あるが、少なくとも片方の重慶飯店は閉まっていた。
中国人の姿は見かけない。もちろん他の外国人の姿もまったく見かけない。コロナの影響が若干あるのだろうか。それともそれとは関係なく、もともと誰もいない町なのか。それにしては宿が多いなと思うのだが。来た時、どの部屋も清掃前だったから、週末は混むとかあるのかもしれない。
泊まった宿はほかに客もなく静かそのもの。アヌサンの方は夜散歩したら隣のレストランでカラオケをやっており(信じ難いが壁のないオープンな場所でカラオケを熱唱しているのだ)、こちらに泊まったらうるさかったなとほっとした。ラオスのカラオケ流行はまだ収まっていなかった。タイはかなり改善されつつあるように思ったが。
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