ホワイトランと砂漠の民 2019.12.7

ホワイトラン

ブージから北へ100キロ弱、パキスタン国境に近い塩の海へ
その辺りにはいろいろな少数民族が住んでいる

 

ブージに来たらまあたいていの人が行くであろう塩の湖・ホワイトランへ私も行ってみた。
しかし選んだのがオート三輪という、またまた昔取った杵柄で旅をするオールドパッカーにありがちな失敗をしでかす。
とんでもなく強い風が延々と全身を叩き、寒いわ痛いわもうこれどうすんの八十と数キロはあるらしいのに。
いやほんとにものすごく後悔した。

カッチ結婚式
道中会ったこれから結婚式に参加するという人たち
カッチ女性
道中会った綺麗なお姉さんたち
ホワイトランの軍人
国境入域許可をくれるところの軍人さん
ホワイトラン
国境にごく近いエリアに入っていく
ホワイトランのらくだ
出番を待つらくださんたち
ラストポイント
ラストポイントには見晴らし台がある

インド側、来た方向を見下ろしている。たくさんの車が並び、インド人観光客で大賑わい。外国人は見なかった。
途中の検問所で、前日に韓国からのツアーが来たよと言われた。
インド人富裕層はマイカーで観光している。爽やかなカップルや家族連れをたくさん見かけた。オートで来るようなのは外国人だけかも。

塩の砂漠
あてもなく(塩の)砂漠を彷徨ってみる。思いがけぬ寒さはオートで来たせいだ

砂漠に暮らす人々の村を廻る

カッチ地方にはたくさんの民族が暮らしているそうな。
そんな村をいくつか、運転手に案内されるがままに回った。村の名前、民族の名前、その場では聞いたが既に忘れている。

カッチ男性
途中オートに乗せてあげた人
カッチの民族衣装女性
村の一つ。綺麗な衣装の奥さんが土産物を売る
カッチ女性
すごい装飾密度というか、飾り方がすごいね
カッチかわいい家
これはまた別の民族。建物がかわいい。ここでも土産物をたくさん売っていた

世界中どこに行っても同じなのだと思うが、案内されて珍しい民族を見に行き、写真を撮り、お土産を買う、という一連の流れがなんとも言えない居心地の悪さをもたらす。ここに自力でたどり着いていれば少しは違う感覚を持つのか、どうなんだろう。やはりガイド付きの観光というのは性に合わないなとつくづく思う。楽なのだが、その楽さこそが曲者というかね。

帰路立ち寄った織りの工房。人の暮らしを覗きに行くわけじゃないから気が楽だ。

カッチ工房
工房の様子。職人さんは1人だけだった
カッチ工房
張り終わった経糸を整えているところ
カッチ工房の布
織り上げ、洗いが終わった布が干されている

風に翻る布は、どこで見ても美しい。この工房では比較的素朴な感じの木綿布を主に織っているようだった。でも私が探しているものとは少し違う。
以前はどこかにわざわざ行けば、さしてよくないと思っても購入していたのだが、今は本当にいいと思わなければ買わないという方向に変わってきた。いいや付き合いだ買っちゃえと思えた時代は、物価も安かったのだ。
散々失敗を重ねて、多少は進歩している、のかもしれない、違うかもしれない…。

カッチの夕日
太陽が沈んでゆく。問問天 問問地 还有多少里…

ブージ近くまで戻ってきて、大きな川を渡る頃には夕日が沈みかけていた。薄いダウンを着てもまだ寒く、あとどのくらい走るんだと天に訊きたくなる。オートは本気で寒い。夏ならともかくこの時期は寒い。

濃いオレンジ色の太陽が地平線に落ちて行く。こんな落日を、30年と少し前にやはりインドで見たことを思い出した。
ネパールのカトマンズを夕刻に出るバスで、インド国境に向かった。夜じゅう走り続けて明け方国境に着く。出入国。そしてインド側のバスに乗り換えて走り出す。午前が過ぎ、昼になり、午後が過ぎる。そうして夕方になって、バスの車窓からルビーの球のような夕日が沈むのを見た。
バスはさらに日付が変わった午前1時か2時頃にバラナシという街に着いた。初めてインドに入ったのがその時だった。

宿に帰り着いたのは7時過ぎだった。9時過ぎに出発したので、実に10時間。長く寒い一日だった。

ブージ、コロッケ売り
お腹が空いたので近くの広場でコロッケのようなものを買う

揚がるのを待っていた上品そうな奥さんが、1つ10ルピーで、辛くないのよと教えてくれた。インドの人の言う辛くないは信用できないが、これは実際、ほとんど辛くなかった。ほとんど、だが。