2018ストックカンリ登頂記・3

2021年1月7日

(ラダック&ザンスカール旅行記その5)

ベースキャンプの朝

3日目の朝が来た。
ざっと振り返ってみると、こんな行程。
1日目 レー~ストック村~モンカルモ
2日目 モンカルモ~ベースキャンプ
そして本日が3日目だ。
標高4980m で、朝起きてすぐに血中酸素濃度を計ってみると、

私 102-78
夫 85-88

おぉ、私がめっきり落ちている。
けれど高山病のような症状はまったくなく、起きて動き出せばすぐに回復した。
サントッシュにも数値を報告しておいたが、「あぁ、ぜんぜん普通、まったく問題ない」だそうだ。自分でもそう思う。

ここまで荷上げしてきた馬たちは、しばしの休息タイム。お客たちが登って下りてくるまでは、多分ここに留まっていると思われる。

朝食はティーテントで午前8時。
朝からなかなか豪勢な食事だった。
人は多く混雑している。昨日到着した組、一昨日の夜に登って今日は下山する組、の2つのパターンが混在しているからだ。モンカルモは一般的には登りの時しか泊まらないので、そこにいたのは全員がこれから登る人たちだったわけで、人数もそんなに多くはなかった。
ランチとディナーの時間には、下山組はもういないけど、昨夜登って下りてきた組がいるので、やはり混んでいた。

インドの若い女性に話しかけられた。昨夜登ったのだそうだ。私たちは今夜だよ、と告げると、「ガイドさんはいるのよね?」と訊かれた。「うん、ガイドとサブガイドがいる」と答えると、安心したようだった。
彼女は残念ながら登頂できず、ショルダー(肩)と呼ばれる所でリタイアしたそう。
「もうね、とにかく眠いのよ。本当に本当に眠いんだから。私だけじゃないの、全員が眠くて眠くて、それに高度障害もあったのかなぁ、ちょっと狂ったようになっちゃって、ストックで殴り合っちゃった」
おそらく、「眠るな!」と、殴り合っていたのだと思う。
彼女のパーティーは、半分が登り、半分は途中で下山したらしい。
「あなたたちは登ってね、グッドラック!」
と言い残して、彼女たちは下山して行った。

南インドからの若い男性ばかり3人の組は、1人がモンカルモで高山病になってフラフラしていて苦しそうだったが、何とかここまでやってきていた。
「どう? 体調は大丈夫?」 と訊かれ、
「うーん、少しだけ頭痛がする」 と答えると、
「うんうんわかるわかる、みんな一緒だから大丈夫だよ、水をたくさん飲んでね」
と、キラキラ光る目で見つめられてオバサンなんだか困っちゃったです。ほんとは頭痛もないんだけど、みんな高山病で苦しそうだったから、「なんともないよ」とは言えなかったです、ごめんね。

(9/25追記)
私たちに全くと言っていいほど高度障害が出ないのには理由があります。
1. ラダックに入ってから3週間近く経過している(その間ずっと3500以上)
2. ザンスカールトレックを既に終えており、4000~5000も複数日経験
3. 日本の居住地が1000mの高地のため1000m分のアドバンテージあり
以上の理由から高度障害が出ていないのであり、もし、ラダックに入ってすぐにここに来ていれば、高度障害は必ず出ます。出ないほうが不思議です。
(追記終わり)

 

アイゼン訓練とポーターの反乱w

さぁ~、今日もちょっと出かけるよ~。と、サントッシュが呼びに来た。
まずは我々の靴とアイゼンのサイズ調整。

サントッシュに指示されて、靴とアイゼンを合わせているポーター氏。

そうそうそういえば忘れていたが、前日、氷河まで行って戻ってくると、このポーター氏が我々のテントにやってきて、
「私は山頂には行きません!」
と言い出したのだった。
「はぁ??????」(目が点)
「なぜなら、靴もないし、ジャケットもないし、ヘッドランプもないし、手袋もないし」
「いやいやいやいや、私にそんなこと言わないで。そもそも山頂まで行く契約で来てるんじゃないの?」
「知りません、私はポーターだからここで終わりです」

話が違うじゃないか。ガイドとサブガイドをつけて、トップとしんがりをその2人にまかせて、ザイルを結んで安全に登山する予定だったのだが?

我々はネパール・ヒマラヤやラダックなどでかなりの回数のトレッキングをした経験があるが、基本的に荷物は自分が持って動いていたので、ポーターという職種の人を雇った経験がほとんどない。後でヒマラヤ仲間に聞いたところ、これはポーターがよくやる手なのだそうだ。そうして値段を吊り上げていく、ということだ。
まぁお金の問題だろうとは見当がついたが、それは我々の管轄ではない。
「あなたのボスと話をして」
「ボス? ボスはレーに・・・」
「もうここまで来てるんだから、ボスはガイドのサントッシュでしょ、彼と話して」
と、もう話に取り合わずに帰したのだった。サントッシュとは同じテントで一夜を過ごしたはず、話し合いはうまいことまとまったのだろうか。

サントッシュが「じゃ、行きましょ」と、アイゼン2足とザイル、ハーネスをひょいと肩にかけて、昨日行ったのとは逆方向にあたる丘の方へ歩き出す。我々も後を追う。ゴレップ・カンリの氷河から流れ出す白っぽく濁った川を石伝いに渡り、丘を登っていく。丘をゆっくりと回り込むように登り、ベースキャンプが見えなくなるあたりまで行く。これからアイゼン歩行とザイルワークの訓練だ。

アイゼンを装着してみたところ。軍用の払下げ品とのこと。こんなふうに紐で靴に縛り付ける。でも立派に前爪もある12本アイゼンなのだ。

夫にも装着。

それからしばらくアイゼンを付けたままあたりを歩き回った。
さらにハーネスを装着して、ザイルをそこにきちんと固定する訓練。我々は完全に素人なので、いちばん簡単な方法を教えられ、ひたすらそれを練習した。
そして制動訓練も!
「I’m folling!」
と叫びながら私と夫が交互に斜面に落ち(倒れるというか)、その瞬間に残る1人とサントッシュが確保する訓練だ。大真面目なのだが、いま書くとちょっと笑える。いや笑い事じゃないのだけど、英語で「落ちた!」なんて言う間もなく落ちていくに違いないだろうなと思って。

来た方向を見ている。この谷に沿ってベースまで上がってきたのだと思う。

いろいろと立派なヒマラヤ山脈の山々が見えている。サントッシュがひとつひとつ名前を教えてくれたが、まったく覚えていない。これは中国国境方面。

訓練場から見上げるストックカンリの雄姿。
手前に左から尾根が切れ落ちてきて、その尾根に左下から筋が伸びているが、この筋が昨日進み、そして今夜進むことになるストックカンリへの道だ。この道が尾根にぶつかるところが、第一関門の峠。今も人が登っている、高所順応のための登高だ。

自分がいる場所も入れて撮ってみる。こちら側の丘から下りていくと川があり、それを渡ったところがベースキャンプ(ぎりぎり写っていない)。そしてそこからずーっと、画像中央の斜面を左下から真ん中あたりに向けてストックカンリへの道が続く。
この谷を詰めればゴレップ・カンリだ。

標高5000mの花たち

はぁい、じゃぁ訓練終わったから、花の写真撮ったりして遊んで~。
と、サントッシュに促されて、花の写真を撮ったので羅列してみる。

これはお香として焚くための植物だそうで、実際、私たちのテントの真ん前にこれを取りに来ている村人が布テントを張っていた。テントの横にはこの植物が広げられ、天日干しされていた。生きている状態でも触るととてもいい香りがした。

ひゃぁ、遠くまで来たぞなもし

あとは夜までひたすら待つ・反乱2

ほんじゃ、帰るよ~。
サントッシュの後に続いて、訓練場からキャンプに戻る。
サントッシュは、モンカルモでもベースでも、高所順応のために登っていく時には、いつも手ぶらだ。ほかのガイドはみんな大きなザックをわざわざ背負っている。何が入っているのかはわからないが、サントッシュは手ぶらでぶらぶら歩いていくのが面白い。

ベースキャンプ全景
ストックカンリが少しだけ見えている、かと思う。ベースまで下りると見えなくなる。
サントッシュに言わせると、それはよいことなのだそうだ。見ていると、「あんなところに登れるわけがない」と思ってしまうから。いざ登っていく時には、上を見上げてもいいけれど、絶対に「あぁ無理!」とか「登れるわけない」「難しすぎる」「怖い」とは思わないでくれ、それが登頂への大事なこと、と教えられた。

戻ってすこし休んで、ランチ。ランチは軽め、ディナーはたくさん、食べてくれと指導。
ランチの後はすることもなく、眠れればいいのだがテントは暑くてとても寝られない。暑い暑いとゴロゴロ七転八倒。そうこうするうちに、昨夜登ったグループが三々五々下りてくる。登れたのか、途中撤退なのかはわからないが・・・。

南インドから来たという富裕層っぽい中高年の男性2人組が、尾根の上の第一関門へと足馴らしのためだろう、ガイドと登っていくのが見える。片方が高山病だろうか、まったく動けず、下から見ていてもハラハラする。ここでこの調子では、失礼だが登頂は無理だろうと思えた。一人は尾根まで行ったようだが、一人は登らずに下りて来ていた。

午前中は曇っていて心配したが、午後は雲も切れて(だから暑いのだが)、青空が増えてきた。

ゴレップカンリも美しいよい山だ

人がたくさん尾根から下りてきた。時間が遅すぎるので、高所順応のために尾根まで登った人たちだろう。

我々が寝ているとポーターがやってきて、
「私は山頂へは行きません」
とまた同じことを繰り返してきた。
我々は眠らなければならないのである!
いいかげんむかっ腹が立ったので、手袋がない靴がないジャケットがないライトがない、自分は一日800ルピーでガイドは1500ルピーでそれなのに自分が山頂に行くのはおかしい、と言い募り続けるポーターを制して、
「もうしゃべるなうるさい! ガイドと話せと言ったでしょう、ガイドと話しなさい!」
と突き放すと、あっさりガイドの所に行き、ものの数分で戻ってきて
「やっぱり行きます!」
だって!(笑)
たぶん追加料金を払うと言われたのだろうけど、あまりの豹変っぷりには笑う。
因みにティーテントには大量のプラブーツがストックされていて、ガイドたちはみなここの靴を借りて登っていくようだ。ライトだの何だのは、キャンプのスタッフに借りることもできるだろうし、正直言ってまるで心配はないと思う。
すごくおもしろい人間観察ができた。

だいぶ日が暮れてきた。テントは昨日より増えた。初日に見かけた韓国からの大きな部隊が到着したせいもある。キャンプのスタッフによれば、最盛期にはもっと増えて、川の対岸にまでテントが並ぶらしい。そこまでの最盛期じゃなくてよかった。

夕食は6時にティーテントで、指導のとおりにたっぷり食べた。今夜登るモンカルモからの顔なじみたちと、出発時間の確認。私たちは11時半だが、11時の組、12時半という組、いろいろだった。若干ずらしながら出発していくのだろう。インドの若い子たちは10時半とトップの出発らしく、富裕層の中高年組はなぜか12時と我々より遅い。ガイドもいろいろと考えて時間を決めているのだろうが、ちょっと不思議だった。でもみんな、やる気満々である。
みんなと、「がんばろうね!」「次に会うのは山頂だぜ!」などと声をかけあう。昨夜登った「登頂先輩さん」たちからは、「登れよ!」「絶対行けるぞ!」「幸運を!」などと余裕の激が飛ぶ。ちょっと体育会っぽいノリになってきた。トイレに行ってテントに戻る。
そこでさらに食う「かに雑炊」。ティーテントでお湯をもらってきて、ふやかして食べた。おいしかった。

10時50分に腕時計のアラームをセット。
昼間整えておいた装備を最終確認。
そんなに時間はないけれども、寝る!

ここまで来てもまだあまり実感はないのだが、泣いても笑っても、今夜アタックするのだ。行けるところまで、とにかく歩いて登ってみよう。
登頂した人たちかが盛り上がっていてちょっとうるさかったが、耳栓をして少しは眠ったと思う。

いざ。

次へ続く